院長BLOG

2012.08.24更新

 
先日、東銀座の道沿いに朝顔が咲いていた。

朝顔を見ると思い出す人がいる。

小学校一年のときに友達になった子の家は、お花屋さんだった。

彼と仲良くなり、家に遊びに行くようになったある日、

彼のお父さんに朝顔の種をもらった。

僕は早速その種をまいた。

夏には紫色のきれいな朝顔が咲いた。

6年後、彼と僕は同じ中学で、また同じクラスになった。

入学して程なく、彼のお父さんは病気で亡くなった。

信じられなかった。

友達のお父さんが亡くなったことを理解できなかった。

今年の正月、名古屋に帰省したとき、彼と酒を飲んだ。

彼はいつも笑顔しか見せない人だ。35年ずっと変わらない。

彼の父は僕達くらいの年齢で死んでしまった。

何もなければ身体だって歯だって元気なはずの年だ。

僕が毎日かかわる「歯」は100年もつ構造になっている。

失うのは「不幸にして」だ。

治療という名目の上で、歯科医がむやみに歯を削り、

弱らせ、寿命を短くさせてはならない。

心して歯科医療に向き合うべきである。

最近になってようやくお互いの生前の父のことについて話せるようになった。

何故か遠慮があったのだ。

彼と父のことを話せて良かったと思っている。

死んだ人のことは大いに語るべきだと感じた。

いつまでも忘れずにいるために、思いを伝えるために。

誰しもに必ずメッセージがあると思う。

銀座の地で時を越えて朝顔が思い出させてくれた。

投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

2012.06.06更新

僕が交通事故で3カ月間入院していたときのことだ。

僕の最初の部屋は5人の相部屋だった。

そこは、整形外科などの患者を中心に、

とりあえず運ばれてきた人たちの集まり。

僕は両足の骨を折り、となりのベッドのおじいちゃんも

何らかの理由で、同じ日に救急車でやって来た。

僕は起き上がれずにいたので、

しばらく周りの患者と話さなかったが、

半開きのカーテン越しに初めておじいちゃんと

声を交わした時のことを鮮明に覚えている。

診察に来た医師は、おじいちゃんの、

歯がなくて食べられないという訴えに、

粥食をオーダーしていた。でも、おじいちゃんは

普通の食事を食べられないのではなかった。

入院の時、入れ歯をなくしたのだ。

しかし、僕らが隣同士に寝ていた2週間以上の間、

病院食の改善はされなかった。

つまり、入れ歯を作ることはなかったのだ。

総合病院で歯科のある病院であるにも関わらずである。

医療従事者の食に対する関心のなさは、

患者の治癒を遅らせているに違いない。

そして、医科と歯科の連携は、生活の質を

根本的に変える力があるはずだと信じている。

13年たった今でも覚えている。

あのおじいちゃんの言葉。「入れ歯、どこいってんやろ...」

今でも元気だといいな!



先日、中国医科大学に招待されました(^^)

中国の歯科事情は、後日お伝えします!



投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

2012.03.02更新

、いつも歯の治療のときに使っている拡大鏡が壊れてしまった。

これがないと非常に不便なので、早速、拡大鏡の修理に出かけた。

今は、歯科メーカーからもカッコいい拡大鏡が出ている。

しかし当時は、機能は問題ないがカッコ悪く、

7年前にフレーム部分をオーダーメイドで作って頂いた。

当時、メガネ屋さんを10軒は回ったと思う。

しかし、ややこしい拡大鏡付きフレームなど誰も相手にしてくれず...

はじめて一緒に作ろうって乗ってくれたのが、恵比寿 g-room 。

嬉しかった。

僕の耳の位置や目の高さなど、色々測って作った力作である。

オーナーは、こだわりの職人気質。スタッフも然り。

極めてindividualな(個々の)対応となることは至極当然であろう。

同じ匂いを感じてしまうのは、僕の貫く自由診療の考えと

似ているからだと、僭越ながら思う。

拡大鏡の修理ついでにビンテージのメガネを物色。

いつか、歴史の重みのあるメガネをかけられるような

大人になりたいと思っている。


【古田愛用の拡大鏡】

投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

2011.10.15更新

歯科医を目指している患者さんがいる。

大学6年生で国家試験の猛勉強中だ。

彼女が高校生の時、矯正治療をさせていただいた。

先日、矯正医を目指し奮闘中であるとメールを頂き、

なんだかとても嬉しい。

ずいぶん前だが、僕にも歯科大学に通っていた頃がある。

しかし、そこまではっきりとした将来像はなかった。

いつ明確に思ったのだろう?僕は今、通常抜くと言われる

『健全な歯を抜いたり削ったりしない矯正治療』をしているが、

その道に進むきっかけとなった出来事がある。

現在すでに潰れて存在しない美容クリニックでアルバイトを

したときのこと、見た目の改善のために言われるままに

健全な犬歯を抜き、健全な前歯を一度に6本も削ったのだ。

それは、日本の歯科で当たり前のようにされていることだが、

僕には耐えられなかった。

26歳の時、もう二度としないと心に誓った。

僕たちの使う歯を削る道具は、素晴らしい切れ味である。

昔は10分かかっていた作業が、1分で終わるであろうほど。

しかし、そのために体の中で最も硬い健康な歯を

簡単に削ることができるようになり、『審美治療』が流行っている。

美の追求に異論はないが、

歯科の道具を健全な歯を削る凶器にしたくはない。

僕が折に触れ、この恥ずべき話をするのは、

自分への戒めでもあり、いつまでも初心を忘れないためだ。

矯正治療を経験した彼女が歯科医となり、

歯科医療について話し合える時が来ることを、

心から楽しみにしている。

僕も襟を正し、今日も頑張ろう。

投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

2011.08.15更新

先日、スタッフと共に大阪の講習会に参加してきた。

大阪は僕の第二の故郷だ。

考えるだけで気分が高揚する。

第一日目の講習が終わり、皆との会食後、

私は大学時代の先輩とひそかに待ち合わせ、ある場所に向かった。

母校のある天満橋近くのジャズバーだ。

16年ぶりにドアを開けると、10席ほどの小さな店の奥に、

あのマスターがいた。70歳はゆうに越えているだろうが、

長い白髪を結ったスタイルはそのままだ。

マスターは僕の顔をじっと見て、しばらく止まっていた。

すると突然、『ウェスモンゴメリー聴く?』と。

それは僕の好きだったレコード。

僕のことを音楽で覚えていたんだ。

僕も患者さんをそんな風にいつまでも何年たっても覚えていたい。

レコード針のわずかな、でも心地良い雑音が、

僕の気持ちを高鳴らせた。

今でもレコードしか置いていないマスターの店は、

今日もゴキゲンなジャズを流しているに違いない。

信念を持って続けることの大切さを、心に突き刺された夜だった。

投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

2011.06.15更新

いつも患者さんの矯正治療をさせていただくとき、

私がはじめに学んだ矯正治療法を信じていたら、

健康な歯を抜いて矯正をしていたんだろうなと思い、

ぞっとするのである。

 私は歯学部の大学生のとき、矯正治療を受けようと

思ったことがある。

関西の大学に通っていた私は、

学生同士の実習で歯の型をとるとき、

ちょっとしたネタを友人に提供していた。

「いつまでもピーナッツ食べとったらアカンで~」

当時、私は八重歯だった。

その犬歯はピーナッツのような形をしていて飛び出ていた。

それが、歯の型をとるときに邪魔になっていたのだ

関西人が相手の気分を害さずにからかう能力は抜群だ。

「ふるた、やっぱり歯医者になるんやし矯正した方がええで。」

その一言で、矯正科の受診を決意したのである。

しかし、そこで矯正科医に言われたのは、

「とりあえず小臼歯抜いてきて。それから装置を付けるから。」

大学で習った通りだが、実際言われると

なんとも言えない複雑な気分だった。

これが日本の矯正治療のスタンダードである。

しかし、その方法で矯正治療をするのはやめた。

今の歯並びは大学卒業後に治療したものである。

もちろん小臼歯は抜いていない。

今でも、診療中に当時の事を思い出す。

もし私が、いきなり「小臼歯を抜く」と言ったら、

東京言葉の患者さんも

「ほんまかいな」となるに違いないって。

投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

2011.02.15更新

受験生の皆様、最後の追い込みをかけていることでしょう。

最後の1分まで絶対あきらめないで頑張って下さい。

深く埋もれている記憶がよみがえる可能性はいくらでもあります。

ですから自分を信じて試験に臨んでください。

当院の患者様には志の高い若者が多い。

私はいつも彼ら彼女たちから勇気をもらっている。

メンタル的にはどちらが患者かわからないほどだ。

すぐに心が折れた学生の頃を思い出すと、

皆に尊敬の念が湧きあがる。

実は、私は歯学部には行きたくなかった。

動物、なかでも魚類が好きで、獣医学部か水産学部に

行きたかった。私は親に黙って、学校案内を取り寄せた。

もちろんすぐに見つかった。歯医者だった父は激怒した。

「なに考えてんねや!」

私に後を継がせたかったのだ。

そんな一言で私は進路を歯学部とした。

なんと諦めの早いことであろう。

歯学部に入った私は、当初あまり興味も持てず

ダラダラと学校に通った。私の不勉強さを父は心配していた。

そして、大学4年の冬、父は癌になり、

6年生の夏、死んだ。

痛みを抑えるモルヒネで意識朦朧の中、

最期まで仕事のことを言っていた。

受験の季節、私に怒った父を思い出す。

父は歯科医業が好きだったのだ。

今、ようやくその面白さ奥深さが私にもわかる。

父の死から8カ月後、私は歯科医師免許を取得した。

それは、父からの命をかけた最大のプレゼントになった。

進路に悩んでいる人は、思い切って誰かに

相談してみてはどうだろう。思わぬ素晴らしい道を、

あなたは見つけるかも知れない。

投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

2010.12.25更新

冒頭のご挨拶でもお伝えしましたが、

私は神奈川歯科大学の客員教授に任命されました。

これは私にとって、とても深い意味があります。

私の母校は大阪歯科大学という歯科専門の大学です。

教員も学生も愛と情熱にあふれた素晴らしい

歯科大学だと思っております。しかし、歯科矯正学は、

現在私が実践している方法ではありません。

私は大学を卒業してから機能的非抜歯矯正法に出会いました。

それは日本ではまだ少ない、ヨーロッパの天然の歯を徹底的に

研究した自然咬合(かみ合わせ)理論に基づく矯正治療法でした。

私が学生時代に習った、『見た目から入る』

矯正法とは全く違うものです。

「歯を抜かなければ矯正は出来ないもの

と教わった私には、強烈なショックでした。

その話をしていただいたのが、

神奈川歯科大学矯正科の佐藤貞雄教授です。

それ以来、その咬合理論を勉強し続け、現在までに

1450人以上の方に非抜歯矯正治療を

させていただいております。

「学ぶ」ということは、とても地味です。

すぐに結果が出ないかもしれません。

また、従来の考えと異なる道を歩むのも、

とても多くの困難があるものです。

でも、今日をあきらめちゃいけない。

毎日、今日をあきらめなければ、

まっすぐの道が目の前に現れるはずです。

投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

2010.10.15更新

僕は中学受験に失敗している。

もうずっと前のことだが、それは辛い思い出だ。

小学校の頃は、頑張って勉強していたつもり。

むしろ、目的意識もなく、よくやっていたなとさえ思う。

だが、その失敗のおかげで過信せず、ゆっくり慎重に物事を

考えるようになった気がする。月日は流れて、33歳のとき、

僕は大学院に入学した。ほとんどが大学卒業後すぐに大学院に

入学するからずいぶん遅い。しかし歯科臨床を約10年経験した後、

基礎医学を学べた事は、皆が経験できよい大きな財産となった。

それは、僕の日々の歯科臨床に確実に生かされている。

何歳になっても勉強はできる。チャレンジできる。

37歳のとき論文が通り博士号を頂けたこと、とても嬉しかった。

そう。

みんな自分のペースでいいんじゃないかな。

投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

2010.08.15更新

僕は愛知県の歯科大学の非常勤助教をしている。

たまに学生たちに病理学を教えに行っている。

病理学は病気をミクロの世界から探求する興味深い学問だ。

僕は39歳。実習の学生は21歳くらいだ。

今は、顕微鏡画像もパソコンの画像で見る。

顕微鏡の接眼レンズを覗かなくても見えてしまうのだ。

みんなパソコンをさくさくと操る。

試験までパソコンを使うのである。

僕も負けちゃおれんと、パソコン頑張るけど正直きつい。

10代から携帯いじっている彼らには負けてしまう。

大阪で一人暮らしを始めた頃は、まだ携帯電話はなかった。

いやあったのかもしれないが見たことはなかった。

当然、そのころの僕には必要なかった

(女の子の家に電話する時の、お父さんが出るかもしれない

ドキドキ感。携帯がないのもいい?)

でも、少し背伸びして留守番電話を設置した。

僕の電話は、留守電にメッセージ入れると外出先から聞ける、

当時(20年前)にしては最新の機能があった。

公衆電話からパスワードの数字を入れると録音された

メッセージが聞けた。

僕は、ある友達の提案で、自分の留守電を実家から

通学する友達に解放していた。

パスワードを教えた友人は自由にメッセージを

入れたり、聞いたりしていた。

連絡の手段のなかった友人は、

当然のように一人暮らしの僕の留守電を

勝手に使う。僕への伝言がメインのはずだが、

出先での待ち合わせ、僕の知らない女の子との

デートの場所指定まで。

僕も僕の友人も、自由だった。

個人情報なんか、へったくれもない。

もちろん、お互い様。それでよかった。


ある日、父から留守電を聞かれた。

『なにしとるんや。試験が近いやろ。早く帰って勉強せえ。』

帰ったら、全く同じセリフで、

同級生Kからイタズラ留守電が入っていた。

「早よ帰って勉強せぇ~」

明らかに酔っぱらった声。

「なんや、おまえも同じ試験受けるやないか。」

僕は、一人暮らしのアパートでKに一人つぶやいて寝てしまった。

今、パソコンと奮闘中!!

無料相談会用の資料を作っている。

学生たちに負けちゃおれん!

歯の情報を溢れさせて、日本人の

歯が健康になるように!

ツイッターでも、20年ぶりに

「つぶやいて」いるのだ!

投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

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