院長BLOG

2012.03.29更新


私は12年前に、歯科の併設されている美容外科でアルバイトをしたこと

があります。もう潰れちゃいましたけどね......

実は、先輩に

『アルバイトしない?バイト代、結構いいよ!』

と言われて、バイト代につられて、何にも考えずに始めたのでした。

はじめての患者さんは、若い女の子でした。

『モデルのオーディションがあるので、歯並びをきれいにしたい』と。

カルテの主訴欄にはそれだけ書いてありました。

その患者さんに会う前に、

『モデルか~ どんな子だろう...』と、正直楽しみにしていました。

しかし、困ったことに、その患者さんの治療内容は、とんでもないものだったのです......


一日の診療は、朝9時から始まります。

病院に行くとその日のやることリストが置いてありました。

診察する患者さんは、一日5~6人だったと思います。

一人ひとりに対する指示が、簡単に2~3行で出してありました。

一人目の患者さんはモデルの卵。

『オーディションまでにきれいにしたい』と...

当然、彼女への治療の指示も出ていました。

その美容外科のシステムは、歯科部長が決めた治療方針に従って、

アルバイト歯科医が治療するシステム。

(でも、歯科部長って誰だろう? 一度も会ったことはありません。)

私が見た方針は、

① 上の犬歯抜歯 (左右の八重歯を抜くこと)

② 上 124 左上124 抜髄 (前歯と小臼歯、計6本の神経を抜くこと)

③ テンポラリー セット (削った歯に仮のプラスチックの歯をくっつけること)
です。

え~!! 犬歯抜くの??

どうしちゃったの~?

ムシバだらけなのか?

犬歯は、歯の中で最後に抜けるくらい、丈夫で、しっかりしています。

ですから、かなり悪くならない限り、抜きません。

キレイなモデルさんと、あまり手入れされてない口の中とのギャップを想像して、少しがっかりしました。

しかし、その心配はまったく違う方向に行ってしまったのです。


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今日の処置内容を見てから、ほどなく患者さんが来院されました。

会った瞬間に、犬歯が飛び出た いわゆる『八重歯』が見えました。

モデルのオーディションを受けるくらいですから、すらっとして、かっこいい女の子です。

しかし、口の中を見て驚きました。

虫歯が一本もない!!!

もちろん、前歯にもない。

犬歯にもない。

ほんとに、どこにもない。

おいおい、これを抜くんか?

この犬歯を抜くんか??

『今日の治療内容はご存知ですか?』

『はい。だいたいは。』

もう一度、説明しました。 1分位でしょうか...?

話しているうちに、これから私がしなければならない処置が、

とんでもなく乱暴であることに気づいてしまったのです。

そしてあまりのショックに、何もしゃべれなくなってしまいました。



なぜか早くしないといけない気がして、すぐに処置に入りました。

麻酔をして、犬歯(八重歯)を抜く準備をしていました。

ふつう、健康な歯は抜きません。

そりゃそうでしょ?

歯を抜くなんてよっぽどですよ。 あたりまえですよね!

あれこれ準備している間に、学生時代のことを思い出してきました...


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僕が、大学5年の病院実習のとき、口腔外科のM先生は、

ものすごいけんまくで受話器に向かって怒鳴っていました。

『お前、こんなええ歯、わしに抜け言うんか、ボケ!』

M先生は僕のインストラクターでした。

持っていく器具を間違えたせいで、僕はその鋼の器具で頭をなぐられたことが何度かあります。
(なぐられても、また間違えてしまった)

患者さんの処置中で両手がふさがっているときは、足でけられる始末...

でも、何故か嫌な気持ちは全くありませんでした。

歯に対して熱いものを、M先生に感じていたからです。

『死んどる4番抜いて、お前が抜け言うた5番を生えささんかい。

できへんのか。アホ!』

このときは右下の歯でした。5番は4番の裏に隠れていて、

外からは見えませんでした。5番は全く虫歯がありませんでした。

4番は歯の頭が崩壊していました。レントゲン像も鮮明に覚えています。

注:4番=前から数えて4番目の歯。

どうも受話器の向こうはM先生の後輩らしい。

M先生は少し落ち着いて、電話でアドバイスしていました。

『予後不良の4番を抜いて虫歯のない舌側転位(内側に倒れている)

している5番を4番のところに矯正治療して動かしてきなさい。

4番にクラウン(かぶせもの)を作るために邪魔になっている5番を抜け言うんやろ?

そんなんしても4番はもたんで。歯根も悪いし。

5番残して使えるようにした方がよっぽど長持ちする。

天然歯にはかなわんやろ。

お前できへんねやったら、俺がやったるわ。』

僕は、M先生が一本の歯を大切にする姿勢がすごく好きでした。

『口』は最高に悪かったですけどね。。。


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そのころ私は、大学病院の口腔外科(こうくうげか)に在籍していました。

口腔外科とは、口の中の外科を専門に行うところです。

ですから、埋まっている親知らずを抜いたり、

ムシバでボロボロの歯を抜くのは慣れていました。

しかし、健康な犬歯を抜いたことがなかったのです。

でも、私以外に誰もいません。

やっぱり、抜くしかないのか...

そして結局、なんとか抜きました。

しかし、私は愕然としました。

滅菌トレーに置いたキレイな犬歯 ......

あの感覚を忘れない。

健康な犬歯の

あの強靭さ

ねばりつくような

意地でも

体からはがされることを 拒む力......

あー 僕は、なにをやっているんだろう...

犬歯を抜いたあとは、ガタガタに並んでいる前歯の神経を全部とりました。

神経をとれば、歯はいくらでも削れます。

削ってもぜんぜん痛くないんですから。

ガタガタに並んでいる前歯の出っぱっているところを、僕は削り倒しました。

裏側に引っ込んでいる歯も、削りまくりました。

そして、そのマヌケになった歯と歯並びに、仮のプラスチックの歯をくっつけました。

上の歯だけをキレイに並べて作った、8本つながった「はりぼての歯」を、です。

しかし、この子の場合、下の歯もガタガタに並んでいました。

これは非常に困ります。

上の歯だけをキレイにしたって、下のガタガタの歯とは咬み合わない。

下の歯の飛び出たところが、上の歯と当たるのです。

でも、簡単。すぐに解決。

下の歯の出っ張ったところを、削っちゃえばいいんだから!

とりあえず、上のニセモノに合わせて、下の歯のてっぺんを削りました。

あんまりやると痛いから、ほどほどに。

ねっ! 簡単でしょ!

この処置に、見た目をキレイにする以外の目的はありません。

はじめて会ってから2時間後、かわいいモデルの卵は、

はりぼての歯を僕にくっつけられて、無表情に座っていました。

一連の治療(作業?)を終えるまでは、とりあえず必死でした。

次の患者さんもいらっしゃいますからね。

僕が犬歯を必死で抜いている部屋のとなりで、

別の医師が脂肪吸引をやっていました。

年上の手慣れた看護師が、僕のところに吸引したドロドロの脂肪を持ってきます。

「見てみてー、いっぱい取れたよー!」

僕は、美容整形に偏見はありません。

むしろ、その人が豊かな人生を送れるのなら、良いことだと思っています。

美容整形によって身も心も生まれ変わった人、たくさん知っています。

美容整形は主に外科処置だから、痛いこともあり、大変でしょう。

しかし、通常の美容整形の幸せなところは、

ほとんどが「再生する組織」を相手にしているところです。

皮膚でも、粘膜でも、骨でも。みんな再生する力を持っています。

でも、僕がやってしまったのは、「歯」です。

歯は再生しません。

厳密には、わずかに再生しますが、一度抜いたり、削ったりすると、

決して元の形には戻りません。

「歯」って、すごいものなんですよ。

こんなに固い部分、体中探しても、どこにもないんですよ!

動物は、歯がなくなったら死にます。食べられないからです。

人間だって、同じです。

しかし今は、もし歯がなくなっても、歯医者に行って入れ歯を作れば食べられます。

当たり前のように口で食べる喜びを感じられる『人工臓器』があることは、

本当に嬉しく素晴らしいことです。

でも、だから、歯を粗末に考えていい訳ではありません。

簡単に抜いたり削ったりしてもいいんじゃないんです。

天然に、自然に、勝るものはないですから。

生まれ持った歯は、ほんのわずかなホコリ一つも感知できます。

これほどまでに優れたセンサーは、人工物では表現できません。

僕は、この日の処置中、歯や体の健康なんて、考えていませんでした。

『一生、自分の歯で食べよう!』 なんて、みじんも思いませんでしたよ。

みなさん、どう思いますか?

歯を守らない歯医者なんて、必要ないですよね。。。

あのモデルの卵の女の子。

あんなにメチャクチャに歯を抜いて、歯を削って、いつまでもつのだろう。

平均寿命は80歳。

あと60年も生きるのに......

今でも心配です。自分でやったことだけど。

私は、健康な歯を抜いて、削り倒して、はりぼての歯を作りました。

20歳そこそこの、まだまだこれからの人に、病気でもない歯に、

痛くもなんともない歯に、見せかけのニセモノを作りました。


実は、

全国の歯科医院で、僕のしてしまったことと同じことを

数え切れない程の歯医者が、毎日毎日やっています。

そう、一度抜いたり削ったりしたら、もう二度と戻せないことをしているんですよ。

本来、歯の治療には、ものすごく気を遣わなければならないはずです。

でも実際には歯医者に行けばどんどん削られる。

見た目をキレイにするために、健康な歯を犠牲にする。

虫歯で小さな穴ができれば、必要以上に歯を削って、

大きな銀歯を入れて、治ったと言われる。

矯正治療だって、健康な歯を抜いて、隙間を作って、

歯を並べて、治ったと言われる。

なにが治ったんだよ!

削ったって、治ってないよ! 歯は戻らないんだよ!

ほんとにいいの?

あなたの歯、そんな扱いじゃイヤでしょ?


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処置の後、患者さんに歯の状態を見ていただきました。

ほとんど無表情に鏡を見ていました。

どう思ったのだろう?

やっぱり変だと思ったのだろうか?

それとも、八重歯がなくなって良かったと思ったのだろうか?

わかりません。

ただ、今なら、僕はこの処置を絶対にしない。

もっと健康的に歯の治療が出来ることを知っているから。

抜いたり削ったりして、いい加減な『はりぼて』をくっつけたら、

どうなっていくのか知っているから。

なにが 歯の美容だ。

歯なんか、なくなっちゃったじゃないか!

僕は、いつもよりほんの少し高いだけのアルバイト代に目を奪われて、

大切に思っていた歯への想いを忘れてしまった。

あぁ。僕を育ててくれた恩師、先輩、患者さん。

みんな、ごめんなさい。

もう、僕の心は、ぶれませんから。


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私は、その日、歯医者になって初めて、健康な犬歯を抜きました。

もう二度とやるまいと思いました。

あんなに嫌な気持ちになったことは、ありません。

はじめて会って、すぐ処置するシステム。

だからこそ、健康な犬歯を抜く貴重な経験が出来ました。

すぐに歯並びをキレイにしたいという欲求。


その欲求に対する即日処置。

それはそれで成り立っているのでしょう。

でも僕は、歯の大切さ一つも言わなかった。

歯って、こんなに大事なんだよ。

大事にすれば、一生使えるんだよ。

いたわってやろうよ。

なぜ、言わなかったのだろう。

なぜ、伝えなかったのだろう。

それが、僕の仕事なのに。

実際に健康な犬歯を抜いてしまった自分のことも嫌になりました。

もう、矯正治療であっても健康な歯を抜かないと思いました。

僕は、たった一日のアルバイトで、

一生涯の仕事に対する姿勢を決める貴重な体験をさせていただきました。


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アルバイトのあと、映画館で『レオン』を見ました。

とても感動的な作品だと聞きました。

でも、内容が全く思い出せません。

思い出すのは、あの犬歯のことばかり......

患者さんの顔さえ、思い出せません。


あれから14年経ちました。

あの子の歯は、どうなっているのだろう...

人工物は自然の歯には、かないません。

必ず接着材料は劣化し、自然修復されない細かなひずみ・・・も出てきます。

天然の歯の、体重以上になると言われている噛む力をしっかり受け、

しかも、瞬時に力を感知してわずかにたわむ、まるで計算しつくされたかのように

精巧なクッションのようなしなやかさ。

近づくことはできても、勝ることはありません。

もうこれ以上、自分の歯を犠牲にしないでほしい。

そうそう、彼女の夢はモデルさんになることでした。

あれだけの歯を犠牲にして夢に向かっていた彼女は、

はたして夢をかなえることができたのだろうか?


■ 潰れちゃった美容外科 ■ ~ 終わり ~



2012年3月29日

投稿者: 銀座みゆき通りデンタルクリニック

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